最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)4187号 決定 1955年4月15日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人井上峯亀の上告趣意について。
控訴審裁判所に差し出された控訴趣意書の撤回については、刑事訴訟法にこれを認めた明文の規定がないからといって、その撤回が法律上全然許されない違法無効のものだと解すべきではなく、適法に控訴趣意書を撤回することができることは、昭和二六年(あ)第三一三〇号、昭和二七年一月一〇日言渡の当裁判所第一小法廷判決の趣旨とするところである。本件記録を見るに、原審第一回公判において原審弁護人は同人名義の控訴趣意書に基いて弁論し、「被告人名義の控訴趣意書は結論的には同趣旨であるから之を撤回する」と述べていること、及び原判決が右弁護人の控訴趣意についてのみ判断をし、被告人の控訴趣意については判断をしないで控訴を棄却していることは論旨指摘のとおりであるが、被告人名義の控訴趣意書と原審弁護人名義の控訴趣意書の各内容を比較検討して見ると、被告人名義の控訴趣意は原審弁護人が公判廷で述べたとおり、同弁護人名義の控訴趣意第二点と実質的に同趣旨のものであるばかりでなく、原審第一回公判においては、被告人は弁護人と共に出頭し、弁護人の弁論等がなされた後に施行された事実の取調に際しては、被告人も直接陳述する機会が与えられ、現に幾多の発言をしておりながら、弁護人のした被告人名義の控訴趣意書の撤回については、一言も触れず、もとよりその撤回が被告人の意思に反するものである等、その撤回を争った形迹は全然認められないのである。
以上のごとき次第であるから、原審弁護人のした被告人名義の控訴趣意書の撤回を適法有効のものとして、被告人の控訴趣意については判断をしないで、弁護人の控訴趣意についてのみ判断をした原判決は、所論のごとき違法はないといわなければならないから、違憲の主張はその前提を欠き上告適法の理由とならない。
また記録を調べても本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)